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Kentucky Cardinal Trip

 

ここでは私の数少ないアムトラック乗車の経験を紀行文にして紹介します。 現時点では2003年7月6日に廃止されてしまったケンタッキーカーディナル号の旅行記だけを掲載しています。

 

 

ケンタッキーカーディナル号850列車の旅」
 Chicago, IL
Louisville, KY
501.9
km

 

2002年4月30日(火曜日)

1.出発への喧騒

午後6時30分、シカゴユニオンステーションのアムトラック待合所はかなりの活況を呈しています。 これからユニオンステーションは夜行列車の出発ラッシュがはじまります。

 

発車時刻

列車番号

列車名

行先

19:00

30

キャピトルリミテット号

ワシントンDC行き

 

19:45

48

レイクショアーリミテット号

ニューヨーク、ボストン行き

 

19:55

50

カーディナル号

ワシントンDC行き

19:55

850

ケンタッキーカーディナル号

ルイビル行き (インディアナポリスまでカーディナル号と併結)

 

20:00

59

シティーオブニューオリンズ号

ニューオリンズ行き

 

21:00

40

スリーリバー号

ニューヨーク行き

 

       

上記のように、午後7時から9時にかけて5本の列車が数珠つなぎに発車していきます。 私が乗車をするケンタッキーカーディナル号は午後7時55分の発車で、これは途中インディアナポリスまでカーディナル号と併結運転する列車です。 カーディナル号の運行日は火木土の週3便で、この日は火曜日ということで運行日に当たったというわけです。 実はわざとカーディナル号の運行日を選んだのですが、これについては後述します。 今回の旅の目的は、2001年12月4日にケンタッキーカーディナル号のルートがジェファーソンビルからルイビルまで8キロ延長されたので、新生ルイビル駅の視察を兼ねてこのアムトラックの最短距離夜行寝台列車に乗り、寝台車初体験をしてみようという試みなのです。 それだけが目的なので、ルイビル到着後はすぐに飛行機でシカゴへとんぼ返りをする行程になっています。 

混雑している待合所を横目にまずはチケットをもらいにカウンターへと向かいました。 私はインターネットで予約をしていたので、予約番号をプリントした紙を係員に見せました。 それを見た係員は困惑の表情を浮かべ、「これは予約番号ではない」とその紙を突き返して来ました。 「そんなはずはない、ここに番号が書いてある」と再度見せても、こんな番号は見たことがないと、そっけない返事をしてきます。 係員は「あなたはどこへ行くのだ」と尋ねてきたので、「ルイスビルまで」と答えました。 "Louisville" 、スペル通りに読めばルイスビルです。 いまなら「ルイビトン」や「ルイ14世」などと同じスペルなので、「ス」は発音しないことは分かりますが、このときは必死で「ス」を発音していたのです。 そういうわけで、またこれでひと悶着があり、何とか係員が解ったらしく「Oh、ルイビル!」と言ってきてくれて、そのとき初めてルイビルと発音することを知ったわけです。 行き先が判明しても係員はこの予約番号は受け付けられないの一点張りでした。 良くそのプリント紙を見ると、それは帰りのルイビルからシカゴへの飛行機の予約番号でした。 あわててアムトラックのプリント紙を提出し、事なきを得ました。 係員は笑って対応してくれました。

チケットをもらうだけで苦労したので、なんだか疲れを覚え、寝台車利用客に開放されているメトロポリタンラウンジでくつろごうと思いそのラウンジまで行ってみると、ここも人で埋まっていました。 ラウンジの入口では別段チケットをチェックするわけでもなく、これでは誰でも出入が出来てしまうではないかと疑問を感じました。 内部もあまり広くなく、ソファーはすべて埋まっていて、座るスペースもありません。 仕方ないので何か飲もうと、ドリンクコーナーへ行きコーラを注いで一口飲みましたが、生ぬるくて甘ったるい液体で、とても飲める代物ではありません。 顔をしかめていると、前に座っていたおじさんが笑っていました。 彼も間違いなくこれを飲んだのでしょう。 まったく良いことなしのメトロポリタンラウンジに見切りをつけ、気晴らしに巨大空間の広がる主要待合所へ向かいました。 通勤の時間も過ぎていたので人影もまばらで、ゆったりとベンチに座りこれから乗る列車の停車駅と時刻などを眺めていると、やっと旅の気分が盛り上がってきました。

 

ケンタッキーカーディナル号のルート。 シカゴを出るとすぐにインディアナ州に入り、そのまま州を南北に縦断し、南部の州境を流れるオハイオ川を渡り、ケンタッキー州のルイビルに至る路線である。 行程の殆どは夜間のため、あまり外の景色を見ることは出来ない。 たとえ見えたとしても、地形はほぼ平坦で特に見所などはなく、とても地味な路線である。

 

 

2.鉄路の響き

出発の15分くらい前に、相変わらず混雑している待合所へと戻り、空いているベンチに座りケンタッキーカーディナル号の出発案内を待ちました。 19:45発のレイクショアーリミテット号の発車と同じくらいにカーディナル号とケンタッキーカーディナル号の搭乗案内がされ、それと同時に多くの人がゲート前に並び始めました。 この人たちはコーチ車の乗客なのでしょう、良い席を取るためにスタンバイしている所です。 私は寝台車の客なので並ぶ必要はないのですが、出発時刻まで10分もなく、コーチのお客が引けてからゲートに向かったときは出発5分前を切っていました。 もう列車の編成をチェックする時間はないので、おとなしく24番線に停車中のケンタッキーカーディナル号の寝台車へと乗り込むことにしました。

 

 

列車に乗り込む人で混雑するシカゴユニオンステーション24番線。 ホームの中央に太い柱があるので窮屈に感じる。 しかしこの雰囲気は長距離夜行列車が発着した往年の上野駅地平ホームを彷彿させ旅心をそそる。

 

 

 

ここのプラットホームは頭端式のため列車の最後尾から始まり、先頭車は遥か前方にあります。 私の車両は後ろから2両目だったので、ゲートを入ってすぐにたどり着けました。 その前方にカーディナル号の車両が付いているようですが、どこが切り離しされる場所なのかは、ぱっと見た目では判断できませんでした。 日本の車両は後尾に付く車両に特徴があり、例えば車掌室のスペースがあったりして、 車体形状が中間車とは異なる場合が多く比較的わかりやすいのですが、アムトラックの車両はどの車両でも最後尾に使用できるので、遠目から切り離し場所を推測する手立てがありません。 もちろん一両一両チェックしていけば、それは容易に分かります。 アムトラックの列車にも号車番号というものが存在し、しかもそれには列車番号まで一緒に付いているのです。 アムトラックの車両の出入口付近に液晶タイプの号車表示が埋め込み式で取り付けてあります。 例えば、私の車両には「8501」という番号が表示されています。 これはケンタッキーカーディナル号「850」列車の「1」号車という意味になります。 もし2号車があれば「8502」となるわけです。 ですから車両を一両ずつチェックして、番号が「50XX」となった車両がカーディナル号(50列車)となるわけです。 確認しておきますが、車両の端にあるペイントされた番号は車体番号であって号車番号ではありませんので、出入口付近にある液晶タイプの番号表示を見てください(表示が間違っていることもあるので要注意)。 

その私の「8501」の車両の入口には係員が切符をチェックしていて、私の寝台は2階部分にあると教えてくれました。 この車両はスーパーライナーの2階建て車両で、アムトラックの時刻表にはビューライナー車両と明記してあったのでうれしい誤算です。 デッキに上がり細く曲がった階段を上って、進行方向右側にある自分の個室へと入りました。 夜の8時に出発する列車ですが、まだ寝台はセットされておらず、日本の開放式A寝台の座席のような向かい合わせの席の状態になっていました。 さすがに2階席の個室だけあり、外の喧騒はここまで届かず、「ブーン」という機械音だけが妙に耳に付くほど静寂が支配しています。 まだ場所に慣れていないので落着かず、借りてきた猫のように座っていると、ガクンという衝撃を感じました。 機関車でも連結した時のような揺れでしたが、列車はそのままそろそろと走り出しました。 いくつかの紀行文には「アムトラックの列車は気付かないうちに走り出していた」と いった、スムースな走り出しを記述しているものが多かったので、これは意外でした。 機関士が下手なのか、列車の後部だからか、列車は衝撃と共にシカゴ駅を出発しました。 ここでひとつ断っておかないといけないのが、実は私は時計を持っていなかったのです。 ということで、わが列車はほぼ定刻に出発したものと思われます。 

夏時間のため午後8時でも日は暮れきっておらず、何とか外の景色を眺めることが出来ます。 いったいどういう配線になっているのか見当も付かないほど複雑なシカゴの線路密集地帯を列車はノロノロと走っています。 しばらく走ると全くの暗闇となり、それと同時に係員の人が私の個室を訪れました。 彼曰く、「私が寝台を作っておくので、その間に食堂車に行ってきなさい」。 「えっ、食堂車は予約要らないのですか」と尋ねたのですが、要らないのだそうです。 これも色々な旅行記には「XX時に食堂車の予約をして・・・」などという文章をよく見ていたので、またまた意外でした。 なぜ予約が要らないのか腑に落ちないまま、係員のくれた寝台利用者の証書のような小さな紙切れを持って、食堂車へと向かいました。 列車の進行方向へ進み、コーチ車を3台分通り抜けた所(ラウンジカーも通ったような気がする)に食堂車が連結されていました。 

実はこの食堂車を利用したいがために、わざわざカーディナル号の運行日に乗車したのです。 寝台車利用客にはその行程においてのすべての食事が料金に含まれているのですが、インターネットで調べた限りでは、カーディナル号の運行日もそうでない日も列車の料金、運賃は変わらず、それでいてカーディナル号の運行日のみ、食堂車のサービスが受けられるのです。 カーディナル号の運行日以外はケンタッキーカーディナル号の単独運行となり、その場合は食堂車は連結されていません。 たぶんボックスに入ったミールが支給されるとは思うのですが、食堂車の食事とは比較にならないほどお粗末なものだと思うので、同じお金を払うのならば絶対カーディナル号の運行日に乗車した方がお得です。 そのような不純なせこい考えと、食堂車も一度体験したいという純粋な思いとで、若干の緊張を伴いながら食堂車へと入っていきました。 

ウェイトレスに案内された席には3人の先客がいました。 私の隣が年配のおじさん、目の前が30代の男性で、その横に2歳の子供が座っていました。 茶色のビニールシートは固定式で、ファミリーレストランのシートを連想させます。 私が人見知りをする性格でもあり、最初のうちはまだ気まずい雰囲気が漂い、先客の大人2人でなにやら会話をしています。 ウェイトレスからもらったメニューを眺め、ビーフ、チキン、サーモンの3種のディナーの中からサーモンを注文しました。 外に目をやると、相変わらず列車はスピードを上げることなく、徐行運転さながらの走り方をしています。 そうしているうちに列車は暗闇の中で停車してしまいました。 おじさんの時計によると午後9時15分ということで、これはダイアー駅に違いないと思い、「ここはダイアーですね」といった感じに2人の会話へと入っていきました。 しかし、シカゴを出てからここまでスピードは全く上がらず、ノロノロ運転のまま着いてしまいました。 確かに時刻表を見るとわずか46キロの距離を1時間12分かけて走るようになっています。 路盤が悪く制限速度が低く設定されているからなのだろうか、それにしても遅すぎる。 ダイアーを発車するとすぐに、ゴンゴンという突き上げるような衝撃と車輪が大音響を上げ、「これは十字交差(ダイアー駅を参照)を通過した音だな」と一人で悦に入っていました。 しばらくすると隣のおじさんが「君はどこまで行くんだい」と尋ねてきました。 最終目的地はシカゴだけど、無難に「ルイビルです」と答えてしまいました。 今考えると「シカゴです」と言った方が話は面白い方向へと進んだのではないかと思い、少々後悔しています。 最初に置かれていたサラダとパンを大方食べ尽くしてしまった頃、やっと食事が運ばれてきました。 食事が来た途端に、列車は人が変わったようにスピードを上げ始めました。 それは良いのですが、揺れが激しくて、上手に食べることが出来ないではないか。 食事はダイアーまでに食べることをお勧めします。 食事の味はというと、なかなかいけましたよ。 私の場合、何を食べてもおいしいと感じてしまうのですが、それを差し引いてもこの料理は食堂車レベルでの上級をいっていたと思います。 2歳の男の子は寝てしまい、隣のお父さんと私の横のおじさんは大きなチーズケーキをほおばっています。 ディナーにはこのようなデザートが付いてくるのですが、夜の9時半を過ぎているので私は遠慮し、コーヒーも飲まずにサーモンの後は水ばかり飲んでいました。 

お腹も一杯になったし、そろそろ帰ろうかという所で日本人を悩ますものの存在が浮上してきます。 それが、「チップ」です。 日本では馴染みのない習慣のため、妥当な線というものの感覚がなかなかつかめないで苦労する人も多いようです。 チップというのはもともと感謝の気持ちの表れであって、払わなければいけないというものではないと思うのですが、この国ではなかば強制的にチップを要求してきます。 ある人はチップを置かずに店を出て、店員にチップが置いてないと追いかけられた事があるそうです。 チップを置かなくてもそれは罪にはならないはずで、裁判所で争えば「払う必要なし」という判決が出るのではないかと思いますが、「郷に入っては、」のことわざにもあるように、ここではそのシステムに素直に従ってみましょう。 前置きが長くなってしまいましたが、ここの食堂車のような飲食店の場合の相場はだいたい税引き金額の15-20%となっているようです(18%のチップ代が最初から組み込まれている店もあります)。 私の食事代は寝台料金に含まれているので無料ですが、「ゼロの20%だからチップもゼロ」とはいきません。 選んだ食事の金額を覚えておいて、それに対してのチップを置くということになります。 サーモンディナーは15ドル弱だったので、20%で3ドルということになります。 私は揺れる車内で頑張っているウェイトレスへの感謝の気持ちで3ドル置くことにしました。 ここで少し行儀が悪いのですが、合席の2人はいくらチップを置いたのかちょっと遠目から見てしまいました(お2人共、すいません)。 二人とも2ドルを置いていました。 んー、ちょっと15%を欠けるくらいの金額ですね。 まあ、この様に人それぞれということで、参考になりましたでしょうか。 やはりチップは感謝の気持ちを入れて置きたいですね。 よく人の思っていることが、顔に書いてあるなどといいますが、お札に「ありがとう」と書いてあるような、そんなチップを渡したいものです。 でもなかには食事代も払いたくないようなサービスをしてくれるウェイトレスやウェイターがいることもあり(日本ではあまりないが、アメリカではよく遭遇する)、そんな時にチップを置くのは苦痛であり、そんなお札からはただならぬ怒気が湧き出ているはずです。

食事が終わり個室に戻ると寝台のセットが完了していました。 ここは2人用個室ですが、今回は贅沢に一人で使用するために上段の寝台はセットされていないので広々としています。 ここでこの列車にかかった運賃と料金についての詳細を見てみましょう。 運賃が32.30ドル、寝台料金が56.00ドル、合計88.30ドルということになり、日本円で言うと約1万円(1ドル=120円)となります。 興味深い対象として、ちょうどJRの寝台特急北陸号*(上野ー金沢、511.2km)がケンタッキーカーディナル号の走行距離(501.9km)とほぼ同じなので、北陸号の運賃と料金もここで示してみますと、運賃が7980円、特急料金が2830円、A寝台個室が13350円、合計24160円となります。 圧倒的にケンタッキーカーディナル号の方が安く、しかも料金には食事代も含まれているのでかなり得をした気分になります。 でも、このようにアメリカと日本の物価を単純に比較しても、生活環境の違いがあるのであまり意味の無いことですが。

*北陸号は2010年3月13日で廃止

 

ケンタッキーカーディナル号の切符。 アムトラックの切符は航空券と同じ大きさで、乗車時に切符の左側の部分が切り取られ、手元に残るのはこの部分だけである。 上部の横長のモザイク部分に氏名が表示されます。 やや中央右側にある「08/8501」という番号が、寝台番号「8」、列車番号「850」、「1」号車、を意味している。 ちなみにその番号のすぐ上にある「30APR02」は日付で「2002年4月(April)30日」を表す。 アメリカでは「日/月/年」か「月/日/年」の順番を使い、日本のような「年/月/日」という順番は使わない。

 

 

個室の扉とカーテンを閉めて、室内灯を消し、窓に反射する光をなくしました。 これで暗闇でも少しは景色が見えてきます。 そんな風にして外を眺めていると、見たことのある待合所がゆっくりと過ぎていきました。 青い屋根に赤い窓枠、これはレンセラー駅だ。 でもこの列車、停まらずに通過してしまいました。 アムトラックにはフラッグストップの駅というのがあります。 フラッグストップに対しての正確な定義は知りませが、アムトラックの時刻表にはフラッグストップについてこのように明記してあります。  "Stops only on signal, or advance notice to conductor" この文章を直訳すれば、「合図のあった時、もしくは車掌へ事前報告をした時のみ停車します」となります。 後ろの文章の意味はわかりますし、乗っている列車から降りることは車掌が車内にいることもあり、そんなに難しくはないのです。 問題は最初の文です。 「合図(シグナル)」とはいったい何ぞや。 フラッグストップという名のとおり、旗を振れというのだろうか。 たしかに昔はそのようにして列車を止めていたらしく、それが語源でフラッグストップという言葉が生まれたのですが、現代の鉄道のアムトラックでもそれをしろと言うのでしょうか。 とにかく「合図」に関しての詳しい説明は一切書かれていないので、私の中では謎のまま残っています。 それだけにフラッグストップの駅というと何か魅力的なものを感じてしまい、いつかは「フラッグストップの駅で旗を振って乗車しよう」という旅を実践してみたいと思っています。 これだけフラッグストップについて書くとレンセラーがフラッグストップの駅のように感じてしまいますが、レンセラーはフラッグストップの駅ではありません。 でも私が実際見たように、まるでフラッグストップの駅のように列車が通過してしまうことがあるので、このような無人駅で乗車する人は気をつけてください。 数日前から予約を入れておけば、そのデータは車掌にも届いているはずなので、きちんと停車してくれるはずですが、急遽予約を要れて、あわてて駅に駆けつけ、待合所の中で待っていたら列車が通過していったというのでは、あまりに悲劇です。 そういう人は忘れずに旗を持参してください(ウソ)。 しばらく夜景を眺めていましたが、急に睡魔が襲い、ベッドに倒れて目を閉じました。 視覚の遮断により、聴覚が研ぎ澄まされ、リズミカルな鉄路の響きが最高の環境音楽のように私の耳に入ってきました。 やっぱりいいな、夜行列車は。

 

 

2002年5月1日(水曜日)

3.荘厳駅舎と一抹の不安

列車が停車している雰囲気で眼を覚ますと、インディアナポリスに停車していました。 見覚えのあるプラットホームが窓の下に見えています。 相変わらず治安が悪そうな雰囲気で、ホームには人影が全くありません。 この駅では40分停車するはずなのですが、何となくもうすぐ発車しそうな気配がしたので、そのままベッドでごろごろしていました。 出発前に列車の編成を確認できなかったこともありますし、カーディナル号とケンタッキーカーディナル号が分割される駅でもあるので、真夜中の1時に到着するインディアナポリスではホームに下りて見学しようと思っていましたが、寝過ごしてしまったし、この心地良いベッドから外へ出ることは億劫でもありました。 うとうとしていると列車は静かに走り出していました。 構内の分岐をガタガタと進むと、列車は一旦停車し、その後逆方向へと動き出し、再びインディアナポリス駅の方へ戻り、今度は駅の通過線の所に進入していきました。 駅の通過線にしばらく停車したのち、また前進を始め、南方向へ分岐している線路に入り、今度こそルイビル方面へと進路を取りました。 ルイビル方面への分岐が駅を出てすぐの通過線上にあるため、このようなスイッチバックを余儀無くされているようです。 このような運転方式は実際に列車に乗らなければ発見することは難しく、前回車でインディアナポリス駅を訪れたときには、このようなスイッチバックの必要性など考えもしなかったので、やはり駅は列車で訪れないといけないと痛感しました。 

 

「インディアナポリス構内略図」

ケンタッキーカーディナル号のスイッチバック

 

ここからの区間はケンタッキーカーディナル号の独断場になりますが、まだ外は暗いし、もう一眠りすることにします。 次に起きると、すでにジェファーソンビル駅に停車していました。 ルイビル駅へ延長されるまでここは終着駅でした。 すでに夜は明けていて、朝靄のヤードが車窓に広がっています。 もう起きなければと、車両中央の階段のところにあるドリンクコーナーへ行き、朝のコーヒーを頂いてきました。 個室へ戻ると係員が朝食のボックスを届けてくれました。 深夜のインディアナポリスで食堂車の付いたカーディナル号は切り離されてしまったので、このような簡素な朝食になってしまいます。 箱の中にはチーズクリームの付いた菓子パン、フルーツの缶詰、そしてバナナという糖質偏りの食事となっています。 味の方はわざわざお金お払ってまでは買いたくないといった程度のレベルでした。 この食事に関してはチップは払っていません。 別にサービスを受けたわけでもないしね。 ベッドを作ってくれたり、朝食を運んでくれたりして世話になった係員には、列車から降りるときにチップを渡す予定です。 

ジェファーソンビルからルイビルまで延長されたのは2001年12月4日、その距離わずか8キロですが、州境となっていて、その間には雄大なオハイオ川が横たわっています。 当然鉄橋を渡らないと隣の州のルイビルまではいけないので、この区間はケンタッキーカーディナル号の数少ない見所の一つでしょう。 それともうひとつ気になる所があって、それは、このわずか8キロの区間に上下列車とも50分も所要時間がかかっているということです。 平均時速は約10キロ、自転車並です。 余裕を持ったダイヤになっているのでしょうが、それを見極めたいと思います。 列車はノロノロとまさに自転車並みのスピードで殺風景な工場地帯を走っています。 

そういえばまだ車内探索をしていなかったので、今のうちにチェックしに行こうと思います。 個室を出て、進行方向側を見るとそこには機関車が見えました。 ということは私の車両が先頭車ということになります。 アムトラックでは1号車というのは常に先頭車という意味になるのでしょうか。 寝台の通路を通り、後ろの車両へ移ると、そこはコーチ車両でした。 驚いたことにお客が一人しかいません。 その乗客と目が合い、ちょっと気まずい雰囲気が漂います。 そしてコーチ車の後ろの端まで行くと、そこには通り過ぎてゆく線路が見えました。 つまりこの列車は2両編成ということになり、アムトラックの夜行寝台列車の中では最短編成であると確信できます。 せっかくなのでこの展望車で景色を眺めることにします。 展望車といっても、普段連結されているときは貫通路への自動ドアになる扉が開かないように閉切り状態になっていて、その扉に付いている窓から後ろを覗くだけです。 立ってなければいけないし、窓も汚れていて鮮明な視界ではないのですが、後方180度の眺望を見ることが出来る特等の場所であると私は思います。 ではスイッチバックのときなどの後進時には前方180度が堪能できるではないかと思いますが、そのような時は車掌がここに立ち、無線で機関士と連絡を取りながら列車を誘導するので、残念ながらここに立つことは出来ません。 

またこの展望窓はどの列車にもあるというものではありません。 乗車予定の列車がスーパーライナー車両を使用しているならば、その可能性は非常に高くなりますが、それでも最後尾に荷物車やプライベート車両が連結されている場合があり、必ずあるとは言い切れません。 そのほか私の知っている車両については、カリフォルニア州内を走る短距離列車はプッシュプル運転方式のため客車の最後尾は運転台になっているので展望窓はありません。 それからワシントン州とオレゴン州を走る短距離列車もタルゴ車両を使用していて、両端に機関車が連結されている場合が多く、もしそうでなくてもタルゴ編成自体の両端は一方が電源車でもう一方が荷物車のため、機関車があるなしにかかわらず展望窓はありません。 

さて、わがケンタッキーカーディナル号の後方展望はいかがなものかと申しますと、あまりにもスピードが遅いのでいまいちといった感じです。 後方展望は景色が線のように後ろへ流れていくようなスピードが適しているのかもしれません。 今のスピードは、線路に打ち込んである犬釘まではっきりと見えてしまうほどで、なるほどこれなら8キロに50分かかってしまうわけだ。 それでもしつこく眺めていると、様々な方向から線路が一点に集中してきて、鉄橋が近いことが雰囲気で分かります。 築堤を通り、路盤が上がってきた所で茶色に錆付いた単線の鉄橋へと進入していきます。 眼下には茶褐色の川面が渦を巻いています。 もうすぐ終点というエピローグに相応しい演出で、鉄橋を渡るとそこはケンタッキー州ルイビルの街になります。 個室に戻り、のんびりと走る列車の車窓を見ていると、本線から左の方へ分岐し、倉庫が建ち並ぶ引込み線のような所へと進入して行きます。 しばらく行った所で列車は停まりましたが、ここは駅ではないようです。 その後、なんと列車は後進をはじめ、これは私が知っている限りでは2回目のスイッチバックとなりました。 そして列車は静かに終着駅ルイビルへ到着しました。 

 

 

ルイビル駅に到着したケンタッキーカーディナル号。 ほぼ定刻に到着した。 アムトラックの夜行列車で遅延が無いというのは珍しいが、シカゴから11時間もかかっている。 P-42 98番ディーゼル機関車を先頭に、もう一台の機関車と客車2両(寝台車とコーチ車)という編成。 2001年12月4日開業の駅なのでプラットホームも真新しく、これからの活躍を期待していたのだが。

 

列車を降り、お世話になった係員に5ドルのチップを渡して、ホームを見渡します。 寝台車からは20人ほどのお客が降りてきました。 個室になっているのであまり人の気配はしなかったのですが、思ったより多くの人が利用していたようです。 そしてコーチ車からの降車は、先程目の合ったひとりの乗客といった、悲しいほどの乗車率でした。 この列車の先行きを不安にさせる利用状況です。 目の前には教会のような荘厳な建物のルイビルユニオンステーションがそびえ、その威厳のある駅舎に不似合いな2両編成のケンタッキーカーディナル号が申し訳なさそうに停車しています。 列車の前まで行くと2台のディーゼル機関車で牽引していたことが分かります。 駅周辺の撮影をして、駅舎の中に入り急いで駅舎内にあった時計を見ると午前8時になるところでした。 ケンタッキーカーディナル号のこの駅の到着予定時刻は7時40分なので、撮影や観察をしていた時間を差し引くと、ほぼ定刻に着いたということになります。 

4.市バスで空港へ

これからの予定は、市バスでルイビル空港まで行き、10時30分発のアメリカン航空のシカゴオヘア空港行きの飛行機に乗るだけです。 この予定を立てるに当たり、アムトラックの列車の到着が7時40分で、飛行機の出発時間が10時30分というのは、よく遅れるアムトラックのことを考えるとちょっと冒険かなと思っていたのですが、幸い列車は遅れることなく到着し、それも杞憂に終わりました。 時間に余裕がなければタクシーの利用も考えていましたが、これならバスで十分間に合います。 この駅から空港までは2本のバスを乗り継いで1時間弱で着けます。 ルイビルユニオンステーションの中に市バスの路線別の時刻表が置いてあり、それによると、ここから空港方面へのバスに乗るにはまず駅前の Broad Way を東へ進み、1st Street との交差点で2番のバスを捕まえないといけません。 Broad Way はバスの運転本数も多く、すぐに乗ることが出来ました。 バスに乗り込み、1ドルの運賃を払い、2番のバスに乗り換えるのでトランスファーチケットを運転手からもらいました。 前の方の席に座り、フロントガラス越しに「1st Street」という道路名の標示版を見落とさないようにと注視していましたが、Broad Way と交差する道路はすべて数字を使用した道路名だったので、10th、9th、8th、といった感じに交差点を通り過ぎるたびにカウントダウンをしてくれているようで、難なく 1st Street のバス停で降りることが出来ました。 

ここからは2番のバスに乗るのですが、バス停が見当たりません。 ちょうどこの交差点に 「Jefferson Community College」 という短期大学があったので、その受付の人にバス停の場所を聞きましたが、「すぐ目の前にあるわよ」といった感じのそっけない返答をされ、あまり機嫌が良くないようでした。 建物の目の前を探すと、電柱の陰に隠れてバス停がありました。 あまりにも目立たないので見落としていたようです。 アメリカのバス停の多くは時刻表は付いていません。 バス停の名称もなく、ただバス番号が表示してあるだけです。 ここのバス停もそうで、「2」という番号だけが書かれています。 この2番のバスは30分毎に運転されているので、それほど時刻を気にすることなく利用できます。 10分ほど待っていると2番のバスがやって来て、とりあえず一安心して乗り込みます。 ここでは乗換券を見せるだけなので運賃を払う必要はありません。 バスは9時前にルイビル空港へ到着しました。 

5.あとがき

アムトラックは2003年1月にケンタッキーカーディナル号の廃止を正式に発表しました。 利用状況があまりにひどかったので、ある程度は予想していましたが残念な結果です。 今のケンタッキーカーディナル号は私が乗車したときにはあった寝台車はなく、コーチ車1両だけのミニ編成になっています。 最近の情報によると、1列車につき10人くらいの利用客しかいないそうで、2002年10月から2003年3月のケンタッキーカーディナル号の全利用客数は6624人にしかならなかったようです。 

この区間を利用する人がどの交通機関を選択するかという問題、つまりニーズのない交通機関は淘汰されてゆくものです。 「汽車旅のロマン」とか「のんびりとした旅」などというのは、鉄道の持っている魅力の一つですが、それはあくまでも補助的な役割であって、やはり鉄道は第一に大量の人・物資の移動手段としての交通機関というのが本来あるべき位置付けと思っています。 ケンタッキーカーディナル号が生き残るためには、線路の改修によるスピードアップと運行時刻の見直し(飛行機と競合しない早朝深夜帯での運行)、寝台車を復活させサービス向上(バスとの差別化)、カーディナル号との併結を避けた単独運行(定時運行の確保)などが上げられます。 このような改善が出来ないのであれば、ケンタッキーカーディナル号に未来は無く、廃止しか道は残されていないでしょう。

A地点からB地点の移動に対し、便利で価値があると利用客が認めなければ交通手段としての鉄道などは必要なく、観光鉄道や保存鉄道で走らせているだけで十分となってしまいます。 大量輸送に適した鉄道にも関わらず、その需要がバス1台でまかなえてしまうのであれば、鉄道の必要性を主張することは困難です。 長距離列車にもきっと様々な交通機関の隙間を埋める長所を持ち合わせているはずで、それらをうまく生かして多くの人々が利用したくなる移動手段の一つとして生き延びてもらいたいのです。 個人的意見ですが、交通機関としての本質を失った鉄道に魅力を感じません。

追記:
ケンタッキーカーディナル号は2003年7月
6日に廃止されました。 この列車が収入として当てにしていたエクスプレス便の配送が失敗に終わり、アムトラックがその業務を廃止したという不運もありますが、やはり旅客需要が低すぎました。 現在は、シカゴ-インディアナポリス間に毎日運行の
Hoosier State(フージア・ステート)号という列車が設定されています。 という訳で、実質の廃止区間はインディアナ州インディアナポリスとケンタッキー州ルイビル間の186.6キロということになります。

 

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